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熊本城の南約8キロにある川尻は、緑川水系の年貢を集める集積地で、旧細川藩のなかでも特に賑わった街の一つ。
鹿児島を発った薩軍は川尻に集結。ここに熊本城攻略の本営をおき、薩軍兵士で街は埋め尽くされた。
薩軍の占領で町民の生活は混乱した。窮状を見かねた旧細川藩川尻奉行・上田休(やすみ)は、薩軍から協力するように求められたが、川尻鎮撫隊を独自に結成。町民を守る治安維持にあたった。
西南戦争後、政府は上田休を薩軍に協力したとえん罪をかけて処刑しています。これは政府の無策を隠す意図があったのかも知れない。
上田休の功績は川尻の人々に受け継がれ、町内には威徳を讃える碑がたてられている。
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